◆ 最近の落石対策工法の実物大実証実験について思うこと ◆
近年,各メーカーの努力により高エネルギー吸収型と呼ばれる落石防護網や落石防護柵が次々と世の中に送り出されています。あまりの多種多様さに,発注者や設計コンサルタントも工法を選定するのに戸惑っているように感じます。
高エネルギー吸収型の防護工はその名の通り,一般的なポケット式落石防護網工や落石防護柵工では対応できない,より大きな落石エネルギーを吸収することを目的としているため,机上の強度計算のみで落石エネルギー吸収の可否を判断するのは非常に危険だと思います。
現に各メーカーとも,その危険性について理解しているが故に実物大の実証実験を行い,製品の性能確認をするのが一般的となってきています。
ところが,この実物大の実証実験の方法に各メーカーともバラツキがあるため,きちんとした性能確認になっているかどうかを発注者や設計コンサルタントが正しく理解し判断することが求められているように感じます。
実物大の実証実験方法について,それが信頼できる方法かどうかを判断するには,まず①力学の初歩的な部分に立ち返ってチェックすることと,②土工指針などの基準書に記載されてある設計手法の大前提を復習することで,そのほとんどが解決できると考えています。そしてその大半を占めているのが実証実験時の防護網,防護柵に入力される落石エネルギー(重錘エネルギー)であると思います。
例えば,ロングスパン工が実証実験で確認できた落石エネルギー400kJとはどんなエネルギーなのか考えてみます。
実際の400kJを確認する方法はいくつかありますが,その中でも実物大の実証実験で比較的容易に確認できる方法を紹介します。
まずは右図に示すような方法です。この方法は重錘の質量mを確認した後,阻止面(防護網,防護柵)に衝突する直前の速度vを測定することにより,重錘エネルギーEを
E=1/2・m・v^2
で求める方法です。
右図の場合は,重錘の質量m=1t(重力加速度g≒10m/s^2とした)を確認後,阻止面に衝突する直前の速度v=28.3m/sを測定することにより400kJが確認できるモデルです。
ロングスパン工の実証実験もこの方法を用いて,重錘の質量m=2t,阻止面衝突直前速度v=20m/sを計測して,重錘エネルギーが400kJであったことを確認しています。
次に下図に示す方法を紹介します。下図左は自由落下方式です。これは重錘の重量w(=質量m×重力加速度g)を確認した後,高さhから自由落下させることにより,重錘エネルギーEを
E=w・h=m・g・h
で求める方法です。
下図左の場合は,重錘の重量w=10kNを確認後,高さh=40mから自由落下させることにより400kJが確認できるモデルです。
また下図右の振り子方式は,考え方は自由落下方式と同じで400kJを確認できるモデルですが,異なる点は重錘の運動方向が水平方向となることです。
ここまでの話は,重錘エネルギーが400kJであることを確認できるモデルでしたが,ここからの話は一見は400kJに思えるが実は400kJに到達できないモデルを紹介します。
下図左を御覧下さい。重量w=10kNの重錘が高さh=40mの位置から転がる(滑る)のだから,当然重錘のエネルギーは400kJである,と考えがちですが一つ盲点があります。それは重錘と斜路(転がり面,滑り面)との摩擦です。下図左の場合で摩擦が0である場合のみ400kJと言えます。しかし下図左のような斜路をもつ実物大の実験装置を製作して,重錘と斜路との摩擦を0とするのは現実的に困難でありそれ故に重錘エネルギーは400kJ以下と言わざるを得ません。
ましてや,下図右のような角型の重錘であった場合は,摩擦が0となることはあり得ませんので重錘エネルギーは400kJを大きく下回ると考えられます。
以上は,力学の初歩的な部分に立ち返り考察することで理解できるお話しの一例でした。
次は,土工指針などの基準書に記載されてある設計手法を思い起こすことで理解できるお話しの一例です。
例えば『道路土工 切土工・斜面安定工指針(H21年6月)』のP.353,及び『落石対策便覧(H12年6月)』のP.138に,落石の衝突方向に関する記載があります。
要約すると,
「落石防護網に作用する落石エネルギーは,金網(阻止面)に直角の分力について算出する。」
との記載です。
よくよく考えると当たり前のことなのですが,実証実験においては意外な盲点となり得ます。下図を御覧ください。下図のそれぞれのモデルで,赤矢印で示している方向が阻止面に対して直角の分力となります。
例えば下図の自由落下モデルや振り子モデルを見てみると,重錘の運動エネルギー自体は400kJなのですが,阻止面に傾斜がついているためその直角分力(赤矢印方向)で考えた場合,阻止面に及ぼす重錘エネルギーは400kJを大きく下回る結果となります。
仮に重錘の進行方向に対して阻止面の傾斜角が45°ついた場合,阻止面に及ぼす重錘エネルギーは半分の200kJしかないという計算結果になります。
以上,実物大の実証実験方法について,それが信頼できる方法かどうかを判断するためのほんの一例を挙げてみました。
発注者や設計コンサルタントの方々が多種多様化している高エネルギー吸収型の防護工を選定する際に少しでもお役に立てれば幸いに思います。